レファレンス事例集五十音順別

2017/11/15は行

いわゆる「寛政三美人」は “両国米沢町高島屋のおひさ”、“浅草随身門脇難波屋のおきた”の他もう一人は誰か。(2017年)

(回答) まず【資料1】を確認したところ、評判娘の項に「寛政の三美人とは、浅草随身門脇難波屋おきた、両国米沢町高島屋おひさ、芝神明前菊本のおはんの三人」とある。そこに参考文献として挙げられている【資料2】を確認すると『武江年表』(正編巻之七 斎藤月岑/著)を基に書かれたことがわかった。【資料3】で「浅...

2017/06/29は行

東京都内で一番古い橋はどれか。(2017年)

現在も道路橋として使用されていることを前提とすれば、明治44(1911)年に現在の姿となった日本橋ということになるでしょう。しかし、車両が通らない橋も含むと、明治10(1877)年の常磐橋、明治11(1878)年の八幡橋(旧弾正橋)などがあります。   (回答プロセス) 【資料1】によると、常磐橋は明治10(1877)年に架けかえられ...

2016/09/23は行

風船爆弾の製作工程が知りたい。(2016年)

(回答)  (1)和紙を漉く(2)こんにゃく糊で張り合せ原紙をつくる(3)なめし処理をする(4)裁断してパネルにする(5)パネルをこんにゃく糊でつなぎ合わせ球体にする(6)口管と座帯を取り付ける(7)空気を入れて膨らませる(8)ラッカーを塗り補強する(9)たたんで円筒形に整え発送する。以上がおおまかな作業工程です。 (回答プロ...

2015/08/19は行

『東海道五十三次』を描いた江戸時代の浮世絵師、「歌川広重」と「安藤広重」はどちらが正しい呼び名なのか。(2015年)

 かつては本姓の「安藤」と画号の「広重」を併用した「安藤広重」と表記されることがありましたが、現在は「歌川広重」と表記されることが多いようです。   (回答プロセス) 【資料1】によると「少々前までは安藤広重と言う呼び名が一般的であったこの絵師、ただし存命中の本人は一度もその本姓と号とを併用したことは...

2015/06/08は行

正月遊びの定番、福笑いの起源は江戸時代か。(2014年)

 明確な年代は不明です。江戸中~後期頃には福笑いの原型といえるものが存在したと考えられますが、正月の遊びとして定着したのは明治以降のようです。 (回答プロセス) 【資料1】【資料2】によると、江戸後期から行われていたことが推測できるが、発祥は定かではない。正月遊びとして盛んに行われるようになったのは...

2015/06/08は行

富士信仰と富士塚について。東京にある富士塚の場所が知りたい。(2012年)

【資料1】東京にある富士塚の分布図がある。(【資料4】の図を元にしている。) 【資料2】江戸時代・明治以降に築造された富士塚と壊された富士塚の分布図がある。 【資料3】巻末に一覧表あり。   (参考資料) 【資料1】『図説歴史で読み解く東京の地理』正井泰夫監修 青春出版社 2003年 2913/1034/003 (p.55) 【資...

2015/06/08は行

町火消しの組の名前に「いろは47文字」の中で使われなかった組名は?(2011年)

いろは47文字の「へ、ら、ひ」が使われず、代わりに「百、千、万」が使われました。のちに「本」が加わりいろは48組となりました。   (回答プロセス) 【資料1】によると、語呂の悪い「へ、ら、ひ」の三つを除いてその代わりに「百、千、万、本」を入れて四十八組とした。 【資料2】によると、「へ」は「屁」に、「ひ」は...

2015/06/08は行

「花道」の語源は何か。(2011年)

以下のように諸説あります。 【資料1】によると、「初めは観客が贔屓の俳優に花(祝儀)を送るために設けられたものであった」「平安時代、相撲節会に出場した力士が左方が葵、右方が夕顔の造花をつけて入場したという故事による」。 【資料2】によると、「花道は、その起源も語源もあきらかではない」。 【資料3】によ...

2015/06/08は行

江戸時代に褌(ふんどし)を貸し出すレンタル業があった?(2010年)

 「あった」とは断定できない。 大正時代に発行された【資料1】によると、文久年間江戸に暮らした老人から筆者が聴いた懐古談として、二百四十八文で店から褌を買い、汚れたら六十文添えて持っていくと、洗濯済みの代わりの褌を渡してくれる店があったと記している。これを褌の洗濯屋と取るか、褌を貸す商売と取るかに...

2015/06/08は行

渋谷駅前のハチ公像の由来が知りたい。(2010年)

 ハチの生前に銅像が建てられるまでに至ったいきさつや、主人亡き後のハチの暮らしぶり、時代背景がよくわかるものに、『東京人 no.269(2009.7)』(都市出版)に掲載されている「秋田犬ハチが忠犬ハチ公になるまで。」、『歴史読本 第32巻第16号(1987.8特別増刊)』がある。 生前のハチを実際目にしている筆者たちが、銅...

2015/06/08は行

日本でパンが本格的につくられたのはいつか?(2007年)

 『舶来事物起原事典』(富田仁・名著普及会・0314/1/89)によれば、パンという言葉はポルトガル語に由来する、すなわちパンが日本に渡来したのはポルトガル船の来航した天文年間(1537~55)とあります。が、ものと人間の文化史80『パン』(安達巌・法政大学出版局・ 3838/104/96)には、パンは西アジアのメソポタミアで...

2015/06/08は行

江戸時代、各大名家の菩提寺は、それぞれ江戸と国元のどちらにあったのか?(2006年)

 江戸時代の大名は、いくつかの例外を除き、参勤交代のために江戸と国元を往来しました。『藩史大事典』からも、江戸と国元の両方に菩提寺を構える例が多くみられます。 葬地について『探訪・江戸大名旗本の墓』では、「(大名の)多くは生国や国元の菩提寺に葬られた。しかし、江戸で死去した場合、江戸に寺を求めて菩...

2015/06/08は行

バレンタインデーの起源について。(2006年)

 2月14日は、『日本キリスト教歴史大事典』(教文館,1988年,1903/1/88)『大衆文化事典』(弘文堂,1991年,3615/1/91)によれば、イタリア人司教ヴァレンティヌス(Valentinus)がローマ皇帝の発した遠征兵士の結婚禁止令に反対したことで、269年頃に処刑された殉教記念日ということです。中世ヨーロッパでは愛の守護聖人と...

2015/06/08は行

江戸時代、引札はどのように配布されたか。(2005年)

 引札は、江戸から明治・大正期に商店などが開店・売出しの披露や商品広告のために配ったちらしのことで、その配布方法には、特定のお得意に限る、町内各戸へ、通行人に配るなど、商売の業種や店の規模によってさまざまな形態がありました。 『引札繪ビラ風俗史』(増田太次郎著,青蛙房1981)には、「街頭配布」「戸別...

2015/06/08は行

隅田川の花火のはじまりと変遷について。(2005年)

 享保18年(1733)5月28日(旧暦)、両国の川開きのときに鍵屋(かぎや)によってはじめられたといいます。『花火/下町/隅田川』(隅田川花火大会実行委員会・1983年・請求記号C3624/5759/1)所収の年表には「一晩に上げた花火の数は、仕掛、打上あわせて20発内外といわれる」とあり、本...