遠山金四郎(遠山景元)は本当に桜吹雪の刺青をしていたのか。(2011年)

2015/06/08

所蔵の参考資料によると、「桜吹雪の刺青」の有無について確証のある文献は当館蔵書には見つけられませんでした。また、刺青の図柄については美女の生首、花紋など諸説あります。詳しくは下部「回答プロセス」「参考資料」をご参照ください。

(回答プロセス)

【資料1】『NHK歴史発見 8』(NHK歴史発見取材班編 角川書店 1993年 2100/463/008 p.92-94)
元幕臣中根香亭『帰雲子伝』(明治26年)によれば「遠山は二の腕から肩にかけて彫物をしており、その図柄は、髪を振り乱して口に文をくわえた美人の生首だった」としている。「しかし彫物を禁止するよう水野忠邦に進言していた遠山本人が彫物をしていたとは考えられない。実際に二の腕に彫物をしていた町奉行、根岸鎮衛(しずもり、やすもり)のことが、遠山のこととして語られるようになったと思われる」と、疑問を呈している。
【資料2】『遠山金四郎の時代』(藤田覚著 校倉書房 1992年 2105/672/92 p.12-23)
明治26年発行の雑誌『史海』第26号に中根香亭が執筆した『帰雲子伝』に遠山が「断頭の美人髪を乱して箋を啣む」彫り物をしていたと描き、同年に出版された角田音吉著『水野越前守』(東京文館蔵版)では「左腕に花紋を黥する」と描写している。著者は「ほんとうに彫り物があったのかどうかは確認しようがない」とし、ただし、天保年間には刺青禁止令が出るほど流行していたこと、遠山より約30年も前の町奉行根岸鎮衛が彫り物をしていたという噂が、遠山の話と関係していることはありうる話としている。
【資料3】『遠山金四郎』(岡崎寛徳著  講談社  2008年 2891/985/008 p.92)
(確証のある史料がないため)「”入れ墨はあったかもしれないし、なかったかもしれない、図柄はわからない”としか答えようがない。」
【資料4】『江戸の名奉行 人物・事績・仕置きのすべて』(丹野顯著 新人物往来社 2008年 3221/218/008 p.254-255)
「木村喜毅(芥舟)が『黄梁一夢』(1893年刊)で、『その左腕に花紋を黥する』と書いた。さらに波紋をよんだのは明治26年9月に旧幕臣中根香亭が『史海』に発表した『帰雲子伝』である」とし、「女の生首」が描かれていたとする。また二年間共に働いたことのある佐久間長敬が「刺青をしてい」たと書き残していることを挙げ「どうも当の北町奉行が刺青をいれていたようである」としている。
【資料5】『時代劇の見方・楽しみ方 時代考証とリアリズム』(大石学著 吉川弘文館 2013年 7788/10/0013 p.77)
様々な史料を引用しているが確証なし。
【資料6】『捏造されたヒーロー、遠山金四郎』(棚橋正博著 小学館 2010年 2891/1014/0010 p.39-44)
「景元の彫物の実物はだれも見ていない、ということだけはたしかなのである。」
【資料7】『日本伝奇伝説大事典』(乾克己他編 角川書店 1990年 3881/1/90 p.640-641)
「景元も放蕩無頼の生活を送るうちに当時流行の刺青を彫ったといわれるが、その旨の記録はない」根岸肥前守の話が「転化したとも思われる。」

(参考資料)

  • 【資料8】『森銑三著作集』第11巻(典籍篇 2) 森銑三編 中央公論社 1971年 0816/16/11-S00 p.223
  • 【資料9】『大江戸世相夜話 奉行、髪結い、高利貸し 中公新書 1723』藤田覚著 中央公論新社 2003年2105/1170/0003 p.3-9
  • 【資料10】『史海』26,経済雑誌社,1893-08. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1478302 (参照 2026-01-05)
  • 【資料11】木村芥舟 著『黄梁一夢』,木村芥舟,明16.12. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/893707 (参照 2026-01-05)

(類似事例)

「遠山金四郎景元の刺青についての資料の有無。」(国立国会図書館)  http://crd.ndl.go.jp/GENERAL/servlet/detail.reference?id=1000014382

※1『日本説話伝説大事典』(2000年 勉誠出版)に刺青の目撃証言記事ありとの情報をお寄せいただきました(当館未所蔵)

(レファレンス協同データベース版)

http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000098970