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常設展

フロアマップ6階

フロアマップ5階

期間限定の見どころ

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江戸ゾーン

E1江戸城と町割り

E1江戸城と町割り

  • 江戸のすがた
  • ひろがる江戸
  • 総城下町江戸
  • 武家の文化

実物大の日本橋を渡って、江戸時代にタイムスリップ!

1590年(天正18)、関東に入った徳川家康は江戸を本拠地とし、1603年(慶長8)に征夷大将軍となると、この地に幕府を開きました。家康は、江戸を幕府の所在地にふさわしい都市とするため開発を進め、日本橋を中心に堀や道を設け、江戸城の周囲に武家や町人、寺社などの居所を定めた「町割り」を行いました。
常設展示室の入口となるこのコーナーは、実物大で復元した日本橋から始まります。渡ったその先には、寛永時代の町人地や大名屋敷、幕末の江戸城御殿を縮尺模型で復元、江戸城を中心とした町割りの様子を見ることができます。その他、将軍家や大名家に由来する歴史資料の数々も展示します。

E2町の暮らし

E2町の暮らし

  • 町のしくみ
  • 暮らしのさまざま

長屋で江戸の庶民の生活を疑似体験

江戸時代、庶民の多くは長屋と呼ばれる住宅に住んでいました。そこではさまざまな職業の人たちがお互い助け合いながら、日々の生活を営んでいました。
このコーナーでは、実物大の「棟割長屋むねわりながや」模型をはじめ、現代の私たちの生活に直結するような当時の衣食住についての資料を展示します。また、町の施設や江戸で起こった災害、病気などに関する資料も展示し、江戸の町のしくみと人々の暮らしの様子を紹介します。

E3出版と情報

E3出版と情報

  • 江戸の本屋
  • あふれる出版物

出版による情報伝達と文化の発展

江戸時代には印刷物の出版が盛んになり、それらの流通を通して、人々は事件や災害の情報を得ることができるようになりました。情報伝達の発展だけでなく、庶民が楽しんだ草双紙くさぞうしや錦絵といったさまざまな書物や刷り物も出版され、江戸独自の出版文化がはな開きました。
このコーナーでは、書物や錦絵の制作から販売に至るまでを紹介し、人々が読んだり見たりした多彩な出版物を展示します。

E4江戸の商業

E4江戸の商業

  • 貨幣と生活
  • 江戸と上方
  • さまざまな商い

江戸を支えた経済活動とその拡大

江戸時代は生活の変化とともに、経済活動も大きく変わっていった時代です。大坂おおさかを中心とする上方かみがたからの舟運によって物資が大量に輸送されることにより、江戸の町の物流は質的にも量的にも拡大していきました。また、三井越後屋によって「店前たなさき売り」や「現銀掛値無し」といった、現代では当たり前となった現金取引による店頭販売など、新たな商取引が始まりました。
このコーナーでは、物資の輸送がどのように行われ、それらが江戸でどのように取り引きされていたのか、また貨幣はどのように用いられていたのか、などを取り上げます。

E5江戸と結ぶ村と島

E5江戸と結ぶ村と島

  • 江戸地廻り経済圏
  • 村と島の生活
  • 玉川上水とその流域

ヒトとモノの交差点、江戸と関東との結びつき

大消費都市となった江戸は、出稼ぎなど全国からの移住者が増加したことにより人口が急増し、市域も拡大しました。上方かみがたから輸送される物資だけでなく、江戸近郊の農村や伊豆七島でとれた商品作物もさかんに流入しました。
このコーナーでは、それらの物流の玄関口として、陸路では五街道の最初の宿となる品川・板橋・千住・内藤新宿の四宿、水路では関東周辺の河川交通を紹介します。江戸と関東との結びつきを知ることができます。

E6江戸の四季と盛り場

E6江戸の四季と盛り場

  • 江戸の四季
  • 江戸の盛り場
  • 庶民の旅と祈り

四季折々の年中行事をいきに遊ぶ江戸っ子たち

江戸の人々は、自然と深くつながりながら、四季折々、季節ごとの多彩な年中行事にいろどられた日々を過ごしていました。
このコーナーでは庶民の生活文化について、3つのテーマで展示をします。まず「江戸の四季」をテーマに、自然の移ろいや年中行事について展示し、次に、聖と俗が一体となった「江戸の盛り場」をテーマに展開、最後に「旅と祈り」をテーマに、庶民が町から神社仏閣といった聖地へとおもむく参拝の旅について取り上げます。

E7文化都市江戸

E7文化都市江戸

  • 江戸の文化交流
  • 海外との文化交流

国内外のネットワークではな開いた文化都市・江戸

江戸の市中では、武士や町人をはじめ、地方からも文人などが集い、書画などの学芸活動や茶の湯・生け花・歌舞音曲などの遊芸活動が盛んに行なわれるようになりました。また、江戸時代の日本は、「鎖国」により国際的に孤立していたというイメージがありますが、実際にはオランダ・中国・朝鮮との交流を通じて海外と結びつき、制限された状況のもとでも文化交流は続けられていました。
このコーナーでは、都市江戸における文化活動の高まりや海外文化の受容について紹介します。

E8江戸の美

E8江戸の美

  • 装いとかざり
  • 浮世絵の世界

工芸品や浮世絵にみる江戸の人々の美意識

伝統を重んじる上方かみがたと比較すると、江戸では明快であっさりとした意匠が好まれました。小紋やしま、江戸紫などはその典型です。また、しばしば流行の発信源となったのは役者や吉原の遊女たちの風俗で、彼らは浮世絵の題材としてもたびたび登場します。これら江戸文化の担い手、たとえば工芸品や浮世絵の職人たちは、高い技術を持っていました。
このコーナーでは、「装いとかざり」と「浮世絵の世界」をテーマに展示します。
「装いとかざり」では、人々の衣装や身近な装身具・調度品に施された江戸好みの意匠に焦点をあて、「浮世絵の世界」では、その誕生から発達、活躍した絵師たち、外国に渡った浮世絵などについて展示します。

E9芝居と遊里

E9芝居と遊里

  • 演じる・見る―歌舞伎の楽しみ
  • 吉原の表と裏

芝居小屋や歌舞伎の華やかな舞台を堪能

当時、歌舞伎などの芝居見物は、庶民や武士といった身分の隔てなく、江戸の人々にとって最大の娯楽でした。
このコーナーでは、今日も日本を代表する伝統芸能の一つとして演じられている歌舞伎を取り上げます。とくに荒事を中心とした江戸歌舞伎の特徴を解説し、舞台や芝居小屋の変遷、江戸の人々のあこがれの的であった役者たちについて展示します。
また、幕府公認の遊郭であった吉原の成立と変遷、遊女たちの実像についても展示します。

E10江戸から東京へ

E10江戸から東京へ

  • 江戸無血開城

激動の時代、幕末・維新

ペリー艦隊が浦賀に来航してから15年後の1868年(慶応4)、江戸幕府の倒壊により、世は明治と改まり新政府が成立しました。この幕末・維新の時代には、勝海舟や西郷隆盛など、多くの個性的な人々が登場しました。彼らの華々しい活躍は、現代に生きる私たちを惹きつけてやみません。この時代がテレビドラマや歴史小説でしばしば取り上げられることからも、その人気の高さがうかがえます。
このコーナーは、江戸ゾーンと東京ゾーンの2つをつなぐものです。天下の総城下町、江戸が首都東京となっていく時代の大きな転換期をあつかいます。

東京ゾーン

T1文明開化東京

T1文明開化東京

  • 武都から首都へ
  • 欧米文化の受容

首都東京の誕生と文明開化

明治時代に入った東京では、新政府の主導で近代国家にふさわしい首都の建設が進められました。1872年(明治5)の大火の後には、火災に強い洋風都市を目指した「銀座煉瓦街」が建設されました。また、1883年(明治16)には、欧化政策のシンボルとして鹿鳴館が落成し、在留の外国人を招いた舞踏会が盛んに開催されました。人々の暮らしにも「ザンギリ頭」や洋食文化などが、徐々に浸透しました。
このコーナーでは、江戸をもとにして東京がどのように変化していったのか、現代へと連なる首都東京の誕生と経過について展示します。

T2開化の背景

T2開化の背景

  • 庶民の日常
  • 明治の教育

文明開化の陰で営まれていた庶民の暮らし

文明開化の一方で、庶民の衣食住は江戸の面影が色濃く残っていました。たとえば、学校教育の場面においては近代的教育がすぐに整備されたわけではなく、寺子屋から派生した私立小学校も多く存在しました。
このコーナーでは、そのような過渡期にあった庶民の暮らしを描いたフランス人画家ビゴーの版画や、近代教育制度の成立に関する資料、当時の学校で使用されていた教科書などを展示します。

T3産業革命と東京

T3産業革命と東京

  • 商工業の都市

急速な産業発展を遂げた東京

首都東京では、明治新政府による「富国強兵」「殖産興業」政策のもと、産業が大きく伸展していきました。また、上野で開催された「内国勧業博覧会」は国内外の技術が出会う場となり、民間産業の発展に大きく寄与することとなりました。明治中期から後期にかけて、重工業が急速に伸長しましたが、一方で工場の騒音や労働者の劣悪な労働環境などさまざまな問題が起こりました。
このコーナーでは、そのような東京の産業発展の様相について紹介します。

T4市民文化と娯楽

T4市民文化と娯楽

  • 盛り場浅草
  • 東京文化展望

多彩な東京文化、娯楽の本場浅草のにぎわい

文明開化以降、東京では多彩な文化や風俗が生まれました。第一次世界大戦を契機として、経済が成長すると、大量生産・大量消費による新しい生活様式が浸透しました。人々の目は世界へと向けられるようになり、情報・娯楽産業の発展とともに、新聞・雑誌などのメディアが発達し、文化の大衆化が進みました。江戸時代以来の盛り場であった浅草では、西洋の技や芸が導入され、かつての見世物小屋から、高層展望塔や活動写真館などの新しい娯楽施設に人気が移りました。 このコーナーでは、東京における多彩な文化の展開と、娯楽の本場浅草のにぎわいの変遷について紹介します。

T5関東大震災

T5関東大震災

  • 大震火災
  • 水害都市東京

関東大震災と東京大洪水

1923年(大正12)の関東大震災では火災の被害がはなはだしく、東京では7万人におよぶ人々が犠牲となりました。震災後の東京では、大規模な復興事業により街並みが一新されるとともに郊外の開発が進み、現在の東京の原型ができあがりました。
一方、たびたび洪水に悩まされてきた東京では、1910年(明治43)の大洪水をきっかけに、全長24kmの荒川放水路の開削かいさくが計画され、関東大震災の復興事業が完了した1930年(昭和5)に完成しました。
このコーナーでは、東京の都市構造を一変させるきっかけとなった災害を取り上げ、それに立ち向かった人々の姿に迫ります。

「関東大震災 東京市内における火災の状況」 アニメーション
関東大震災において東京市内で発生した火災の広がりをアニメーション化しました。本アニメーションは、「東京市火災動態地図 大正十二年九月」(文部省震災予防調査会1924年)を底本に、「大正十二年九月東京火災動態略図」(中村清二『千九百二十三年九月東京に於ける大地震による大火災』1925年)、井上一之「帝都大火災誌」(震災予防調査会『震災予防調査会報告 第百号(戌)』1925年)、「烈風に煽られたる火勢」(警視庁消防部『帝都大震火記録』1924年)などを参照し作成しました。
T6モダン東京

T6モダン東京

  • 大東京の成立
  • 生活の変化
  • 戦争への道

昭和の「モダン」なライフスタイルを知る

大正から昭和前期にかけて、東京に住む人々のライフスタイルは大きく変わっていきました。いわゆるサラリーマン層が増加し、住まいと職場が分かれていることが一般的になりました。人々は郊外へと居住地を求め、その人口は増加していきました。郊外へつながる鉄道路線も次々と開通し、ターミナル駅となった新宿や渋谷などは新たな繁華街として発展していきました。
このコーナーでは、そうした都市と生活の変化について、インフラや住まい、職業、余暇の過ごし方などさまざまな側面から展示します。

T7空襲と都民

T7空襲と都民

  • 戦時下の生活
  • 東京大空襲

戦争が変えた人々の暮らし

1941年(昭和16)12月、日本はアメリカやイギリスなどとの間で戦争状態に突入しました。しかし、戦争が長引くにつれ、日本は劣勢となり、やがて空襲の危機が迫ってきました。そのため、多くの学童が地方へと疎開しました。その後、東京の大部分が空襲を受け、焼け野原となりました。
このコーナーでは、戦時中の人々の暮らしの様子を伝える資料のほか、東京大空襲の凄惨せいさんさを物語る被災した品々などを展示します。

T8よみがえる東京

T8よみがえる東京

  • 占領下のTOKYO

戦後、占領下の東京

終戦を迎え、日本は連合国軍の占領下となり、東京には連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が置かれました。外国人兵士が都内に在住し、専用の住宅地が造られたほか、多くの建物が接収され連合国軍用の施設となりました。その一方、東京で暮らす人々は、住宅や生活物資が極端に不足し困窮しました。
このコーナーでは、占領下にあったことを伝える英語名の入った道路標識や、困窮した人々の生活を支えたヤミ市の模型と、そこで売られていた品々などを展示します。

新宿ー夜のヤミ市ー
1945年(昭和20)9月のはじめ、新聞に「光は新宿よりー」をキャッチフレーズにした新宿マーケットの広告が載りました。ヤミ市は、終戦直後、空襲で焼け野原となっていた駅前に誕生し、鍋や包丁・茶碗・下駄などの生活用品を販売していました。本模型は、写真や聞き取り調査をもとに、一部不明な部分については、推測を交えて復元しました。
T9高度経済成長期の東京

T9高度経済成長期の東京

  • 生活革命
  • 団地と電化生活
  • 1964年東京オリンピック

焼け野原からの奇跡的な高度成長

戦後まもなく、人々は物不足と食糧難に苦しみましたが、国内の製造業が復興し、昭和30年頃から高度経済成長期に入りました。また経済的に豊かになり、労働者の賃金も上昇。白黒テレビや電気洗濯機、電気冷蔵庫といったいわゆる「三種の神器」と呼ばれる家庭電化製品が急速に普及しました。
このコーナーでは、「三種の神器」を展示するほか、住宅不足の解消のために建設された集合住宅の中から「ひばりが丘団地」の一室を復元し、その暮らしぶりを再現しました。そして、この時期の一大イベントであった東京オリンピックに関する資料も展示します。

ひばりが丘団地
ひばりが丘団地は、1959年(昭和34)、北多摩郡田無町、保谷町(両町は現・西東京市)、久留米町(現・東久留米市)の三町にまたがる場所に建設された集合住宅地です。全戸数2,714戸はすべて賃貸で、昭和34年4月より入居が始まりました。間取りは、1DKから4Kまでさまざまなタイプがありましたが、もっとも多かったのは2DKでした。各住戸の玄関にはシリンダー錠付のドアが取り付けられ、室内には浴室が設けられました。当時、浴室はおろかトイレや台所までをも共用しなければならない共同住宅が多かった状況下にあって、これらの設備はプライバシーを確保し、マイホームの概念を確立させるものとなりました。
T10現代の東京

T10現代の東京

  • 都市問題への対応
  • 変化を続ける東京(1960-2019)

過去と現在の東京をつなぐ

東京は世界の中でも、最大規模の人口を有する巨大都市であり、さまざまな個性を持つ街が連続するバラエティーあふれる都市でもあります。こうした特徴は、どのようにして形成されてきたのでしょうか。
このコーナーでは、みなさんの記憶にも新しい時代の生活や文化についての展示を行い、1960年代から2010年代までを6つに分け、東京の変化を10年ごとに比較します。
それぞれの年代に生まれ、そして消えた都市風景、注目されたモノや事象などをたどることにより、現代の東京がどのように変化し形成されてきたのか、時代の移り変わりをご覧いただけます。

その他

江戸東京通史

旧石器時代から縄文・弥生時代を経て、古代国家の形成、中世武家社会の成立、徳川家康による幕藩体制のもとでの都市江戸の発展、さらに明治以降、現代に至るまでの東京の歴史を通観するコーナーです。長きにわたる日本の歴史を一覧しながら、江戸東京の生活や文化を物語る資料を展示します。

ミュージアム・ラボ

ミュージアム・ラボ

住宅と昔の暮らしぶりを体験

ミュージアム・ラボは、展示室の最後尾に位置する「体感・体験する」コーナーです。ラボ内は二つのスペースに分かれています。一つは大正初めに建てられ、1937年(昭和12)に改築された住宅(品川区東五反田)の一部を移築・復元したもので、当時の暮らしを追体験できます。もう一つは、さまざまな体験メニューやワークショップを実施するためのスペースで、むかしの生活道具に触れるプログラムや、企画展のテーマにちなんだワークショップなどを実施します。

和洋折衷住宅
この建物は、大正初めに建てられ、その後、1937年(昭和12)大熊喜英の設計によって改築された住宅(品川区東五反田)の一部を移築・復元したものです。「食堂兼居間」は、大正から昭和初期に流行した山小屋風で、となりの和室との仕切りには、カーテンと襖を使うことで違和感をなくしています。照明具や家具も部屋と調和するよう大熊がデザインを担当しました。

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