レファレンス事例集

江戸東京博物館図書室のレファレンス事例集

 

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2015/06/08

「雪駄」の起源・語源について知りたい。(2003年)

 江戸時代を経て、今日までのこるはきものの中に、「雪駄」があります。雪駄も草履も区別のないもののように考えがちですが、正式には草履の裏底に革をはったかたちのものが雪駄です。 雪の日、水気が湿り通らないように考え出されたといい、ゆえに「雪踏」とも書かれ、雪駄(という語)につながっています。雪の日の茶...

2015/06/08

実際の「人相書」には似顔絵は描かれていなかったのか。(2003年)

 人相書の成立年代ははっきりしませんが、実際に整備されたのは寛保2年(1742)に成立した「公事方御定書」によるものとされています。しかし、全ての犯罪に適用された訳ではありませんでした(『徳川幕府事典』竹内誠編,東京堂出版,2105/1142/003より)。人相書とは当該人物の顔つきや身なりを文章で箇条書にしたもの...

2015/06/08

徳川家康が久能山から日光山へ改葬された道順が載っている本。(2003年)

 元和3年(1617)3月15日、家康の霊柩は、久能山から日光山に移されるために出発しました。富士山麓の善徳寺(15日)、三島(16・17日)、小田原(18・19日)、中原(20日)、府中(21-22日)(『東武実録』によると府中に23日まで宿泊)、仙波(23-26日)、忍(27日)、佐野(28日)、鹿沼(29-4月3日)を通り、4月4日に日光...

2015/06/08

江戸時代に、旅行のガイドブックはあったか。(2003年)

 旅行のガイドブックにあたるものとしては、道中記や細見記があります。その形式や内容は、時代、編者によっても異なりますが、宿場間の距離や旅籠賃、人足賃、馬賃、名所や茶店、土産物などが記されています。 また、道中記と並んで紀行文や各地の名所図会も出版されました。有名な弥次喜多道中にも窺えるように、江戸...

2015/06/08

浮世絵(錦絵)は、ひとつの絵柄につき何枚ずつ摺られていたのか。(2003年)

浮世絵、特に錦絵と呼ばれる多色刷りの木版画は、絵師・彫師・摺師の三者の分業により完成します。摺師が1日に摺る分量を“一杯”と呼び、普通200枚前後とされています。売れ行きがよく、追加注文を受ければ二杯、三杯・・・と版を重ねました。『浮世絵鑑賞事典』(高橋克彦著,講談社, 7218/B332/87)には「十杯(2,000枚)も...

2015/06/08

蕎麦をのせる蒸籠の形にはなぜ四角いものと丸いものがあるのか?なぜ長方形のものと正方形のものがあるのか?(2003年)

 蒸籠。読みは「せいろ」、正しくは「せいろう」です。『蕎麦の事典』(新島繁編著・柴田書店・3838/159/99)によれば、蒸籠は「もりせいろ」と「ざるせいろ」に大別され、もりせいろは長方形、ざるせいろは角と丸があり、角は正方形とあります。『蕎麦辞典』(植原路郎著・東京堂出版・ 5963/10/96)には、原型は正方...

2015/06/08

徳川将軍15人全員の肖像画、他の歴史上の人物の肖像画を探す本。(2003年)

 『徳川十五代将軍総覧』(別冊歴史読本伝記シリーズ5)『徳川15代将軍家と天皇家』(歴史読本1999年6月号)『肖像画をめぐる謎』(世界文化社,2100/626/98)『徳川将軍家展』(東京都江戸東京博物館)等でご覧になれます。 その他、歴史上の人物の肖像画を探す資料としては 『日本肖像大事典』(日本図書センター,2810/...

2015/06/08

『お江戸日本橋』の全歌詞が収録されている本はないか。(2003年)

 参考資料【資料1】~【資料3】には上り唄下り唄の歌詞あわせて掲載されています。   (回答プロセス) 【資料4】『日本唱歌全集』によると、天保年間にはやった「はねだ節」が元唄であり、やがて「こちゃえ節」となり、明治4年頃に『お江戸日本橋七つ立ち』といわれて流行した、とあります。   (参考資料) 【資料1...

2015/06/08

江戸時代の年表にはどんなものがあるか。(2003年)

 『武江年表』は、斎藤月岑により江戸時代(嘉永年間)に著されましたが、大正元年に『増訂武江年表』(国書刊行会)(備考※1)として刊行されるなどを経て、今日では東洋文庫(平凡社)の116・118におさめられていて、手軽にみることができます。 『江戸東京年表』(小学館)は、文字どおり江戸・東京の歴史年表で、1...

2015/06/08

東京の正しい門松の形を知りたい。(2003年)

「一般的な」東京の門松という言い方はできますが、「正しい」という判断は難しいでしょう。 江戸に遡って『守貞謾稿』をみると、武家の屋敷や大店の飾りには竹の添え木はないものが多く、上部を斜め切りにした竹を添え木とした松飾りは、医師などに多い飾り方としています(参考資料【資料1】~【資料3】)。 現在...

2015/06/08

吉良上野介邸は、三方を長屋で囲まれていたと聞いたが、開いていた一方は、誰かの屋敷に接していたのか?(2002年)

 『堂々日本史10』(KTC中央出版,2100/619/10) 『元禄繚乱展』(NHK,M3624/TO-3/117)図録140pの「吉良邸絵図面写」によると、東西南が長屋で囲まれており、空いていたのは北側ということになります。『図説忠臣蔵』(西山松之助監修,河出書房新社,2105/979 /98)34p「改撰江戸大絵図」(元禄15年版)を見ると吉良邸...

2015/06/08

江戸時代の一両の価値は現在のいくら位か。(2002年)

「バブルの末期から”一両は今の十万円”という比較が親しみを込めて説明されています」が、「一両は何万と想定することは無理」(【資料1】『お旗本の家庭事情と暮らしの知恵』)と言えます。なぜなら、現代と当時とでは社会状況が全く異なるためです。つまり、江戸時代の貨幣価値を現代に置き換えるのは不可能とお答えす...

2015/06/08

「中秋の名月」はいつ頃の事か。(2002年)

 中秋とは、陰暦(旧暦)8月15日(十五夜)のことです。 今日私たちが一般に使用しているのは、言うまでもなく太陽暦(新暦)です。これは明治6年の改暦から今日に至っています。3月3日「桃の節供」や5月5日「端午の節供」などのように、「お月見」は太陽暦8月15日に行うというわけにはいきません。それは、陰暦がまさ...

2015/06/08

七夕の由来について。(2002年)

 七夕は五節供のひとつで、五節供は江戸幕府が制定したといいます(『節供の古典-花と生活文化の歴史-』雄山閣出版 1993年 3861/83/93)。  『日本まつりと年中行事事典』(桜楓社 1983年 3861/3/83)をみると、「旧暦7月7日に行われる行事をいう。近年都会では新暦7月7日に行い、また月遅れの8 月7日という地方...

2015/06/08

こどもの日の由来、こいのぼりについて知りたい。(2002年)

 五月五日は「こどもの日」という言い方が今日では一般的なようです。しかし、『三省堂年中行事事典』(三省堂・3861/115/99)に「昭和二十三(一九四八)年以来この日がこどもの日として国民の祝日の一つに定められ」とあるように、古くからこう言われていたわけではありません。  五節句のひとつとしての「端午(たん...