江戸時代、店が客に対して無償で傘を貸す「貸し傘」はあったのか。(2016年)

2016/09/23

(回答)
どの店がいつ最初に始めたかは所蔵図書では分かりませんでしたが、顧客サービスと宣伝の意味でも行われたようで、当時の川柳にも詠まれています。特に三井越後屋や大丸などは有名でした。
詳しくは下部「回答プロセス」、「参考資料」をご参照ください。

(回答プロセス) 
●江戸の貸傘について

【資料1】『川柳江戸名物図絵』(花咲一男/著 三樹書房 1994年 9114/51/94 p.32-34)
「ごふくやのはんじやうを知ルにわか雨」等、貸し傘についての川柳は多数残っている。「越後屋以外にも尾張町の各呉服屋も降雨の際には、広告を兼ねて貸傘の制があつた」。
その方法は店によって異なるが、品物を買った客、顔見知りの顧客だけに限り、傘に店の名と連番を打ち、貸した客の住所姓名を帳面に記す店もあった。
【資料2】『大江戸商売ばなし 庶民の生活と商いの知恵』(興津要/著 PHP研究所 平成9年6月16日 6721/B77/97 p.131)
「『古骨にいつも越後が二三本 天二・松』という句があるが、越後屋呉服店では、にわか雨が降ると、客へのサービスと店名の宣伝とを兼ねて名入りの傘を貸したが、返さぬ客が、古傘買いに売る光景だった」と書かれている。
【資料3】『伊勢商人』(嶋田謙次/著 伊勢商人研究会 1987年 6721/39/87 p.145-146)
「呉服店の貸傘には番号がついていたが、実数以上に見せるためにわざと大きな数字を使って誇示したとみえて、川柳にもそれを推測させるものがある」と書かれている。
【資料4】『江戸商売絵字引 絵で見る江戸の商い』(高橋幹夫/著 芙蓉書房出版 平成7年4月20日 6721/67/95 p.68)
「傘には店を示す一字と番号を書く」とある。

●三井越後屋の貸傘の始まりについて

三井越後屋の貸し傘がいつ始まったのかについては元禄6年(1693)、三囲神社での雨乞いの祈祷の際、榎本其角の句(「ゆふだちや田を見めぐりの神ならば」)によって雨が降ったという。その霊験に感じ入った三井越後屋は江戸に進出すると三囲神社に寄進し、貸し傘もそれをきっかけにはじめたと思わせる川柳があります。しかし、三囲神社と越後屋との関わりと、貸傘の始まりの次期を結びつけるには矛盾があるとも言われています。

【資料5】『誹風柳多留全集』3 28篇-41篇(岡田甫/校訂 三省堂 1977年 9114/7/3 p.91)
「三囲の雨以後傘をかし初め」という川柳が残っている。
【資料6】『お稲荷様って、神様?仏様? 稲荷・地蔵・観音・不動/江戸東京の信心と神仏』(支倉清,伊藤時彦/著 杉野仁孝/写真 築地書館 2010年 3870/171/0010 p.32-38)
「其角が雨乞いの句を詠んだのが1693年、三井家が江戸に進出したのが1673年であるから、その前後関係の説明が逆になっている。」
【資料7】『川柳江戸名物』(西原柳雨/著 春陽堂 1926年 9114/23/26 p.57)
「此雨乞から貸傘が起こつたなど云ふことは云ふ迄もなく事実ではない。」
【資料8】「武州葛飾郡小梅村三囲稲荷の経営と越後屋三井家」斉藤照徳/著(『地域史・江戸東京』江戸東京近郊地域史研究会/編 岩田書院 2008年 2136/878/0008 p.72)
三囲神社と越後屋の関わりが史料上で確認できるのは「享保期に入ってからである」と書かれている。

●大丸の貸傘について

【資料9】『大丸二百五十年史』(大丸二百五十年史編集委員会/編 大丸 1967年 6738/15/67 p.65-66)
大丸印の貸し傘は歌舞伎の『たばこ切佐七』の舞台にも登場し、浮世絵にも描かれている(備考※1)ほか、「寛保3年(1743)の江戸店開設とともに、大きい商標のついた『大丸借傘』をはじめた。これは店の客だけでなく、にわか雨に困る通行人にも喜んで貸した」と書かれている。

ほか、下部「参考資料」【資料10】~【資料16】もご参照ください。

(参考資料)

  • 【資料1】『川柳江戸名物図絵』花咲一男/著 三樹書房 1994年 9114/51/94 p.32-34
  • 【資料2】『大江戸商売ばなし 庶民の生活と商いの知恵 PHP文庫』興津要/著 PHP研究所 平成9年6月16日 6721/B77/97 p.131
  • 【資料3】『伊勢商人』嶋田謙次/著 伊勢商人研究会 1987年 6721/39/87 p.145-146   (嶋田謙次 著『伊勢商人』,伊勢商人研究会,1988.2. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/13098438 (参照 2025-12-02))
  • 【資料4】『江戸商売絵字引 絵で見る江戸の商い』高橋幹夫/著 芙蓉書房出版 平成7年4月20日 6721/67/95 p.68
  • 【資料5】『誹風柳多留全集』3 28篇-41篇 岡田甫/校訂 三省堂 1977年 9114/7/3 p.91   (岡田甫 校訂『誹風柳多留全集』3 (28篇~41篇),三省堂,1977.4. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/12457685 (参照 2025-12-01))
  • 【資料6】『お稲荷様って、神様?仏様? 稲荷・地蔵・観音・不動/江戸東京の信心と神仏』支倉清,伊藤時彦/著 杉野仁孝/写真 築地書館 2010年 3870/171/0010 p.32-38
  • 【資料7】『川柳江戸名物』西原柳雨/著 春陽堂 1926年 9114/23/26 p.57「此雨乞から貸傘が起こつたなど云ふことは云ふ迄もなく事実ではない。」   (西原柳雨 著『川柳江戸名物』,春陽堂書店,1982.1. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/12457755 (参照 2025-12-04))
  • 【資料8】「武州葛飾郡小梅村三囲稲荷の経営と越後屋三井家」斉藤照徳/著(『地域史・江戸東京』江戸東京近郊地域史研究会/編 岩田書院 2008年 2136/878/0008 p.72)
  • 【資料9】『大丸二百五十年史』大丸二百五十年史編集委員会/編 大丸 1967年 6738/15/67 p.65-66
  • 【資料10】『江戸川柳辞典』浜田義一郎/編 東京堂出版 平成3年6月20日 9114/1/91 p.52,179,255 (貸し傘を詠んだ川柳について解説あり。)   (浜田義一郎 編『江戸川柳辞典』,東京堂出版,1968. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1363298 (参照 2025-12-01))
  • 【資料11】『株式会社三越100年の記録 デパートメントストア宣言から100年 1904-2004』三越本社コーポレートコミュニケーション部資料編纂 三越 2005年5月 6738/L35/0005  p.27「越後屋では、にわか雨の折など傘を持ち合わせない顧客に貸傘のサービスを始めたが、これが有名になり、川柳や黄表紙にまで登場するほどになった。」
  • 【資料12】『株式会社三越85年の記録』三越/〔編〕 三越 1990年 6738/23/90 p.25   ( 『株式会社三越85年の記録』,三越,1990.2. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/13090965 (参照 2025-12-02))
  • 【資料13】豊泉益三 著『越後屋覚書』,三邑社,1955. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1707636 (参照 2025-12-04) p.66-67   (「三井越後屋の貸傘」の項に「安永・天明の頃にも盛んに利用された」と書かれている。)
  • 【資料14】小松徹三 著『大三越の歴史』,日本百貨店調査所,昭和16. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1265639 (参照 2025-12-04) p.133   (「安永、天明の頃が最も盛んに行はれ」と書かれている。)
  • 【資料15】『すみだ : 墨東外史』,東京都墨田区,1967. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/3022488 (参照 2025-12-04) p.1484   (西原柳雨『川柳江戸名物』から「此雨乞から貸傘が起こつたなど云ふことは云ふ迄もなく事実ではない」を引用。)
  • 【資料16】『墨田区古文書集成』2 (三囲神社関係文書),[東京都]墨田区教育委員会社会教育課,1988.3. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/13222892 (参照 2025-12-04) p.163   (「資料的に両者の関係が確認できるのは享保期に入ってからである。」)

(備考) 
※1「たばこ切佐七」(早稲田大学演劇博物館) 早稲田大学文化資源データベース https://archive.waseda.jp/archive/index.html (最終アクセス:2019年6月6日)
※2「越後屋の宣伝にもなった『貸し傘』」(三井広報委員会)  http://www.mitsuipr.com/special/100ka/24/index.html  (最終アクセス:2016年6月22日)
※3『越後屋覚書』(豊泉益三著 三邑社 1955年)(国立国会図書館デジタルコレクション)  http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1707636  (最終アクセス:2016年6月22日)
※4 傘に番号が書かれている『東都御厩川岸之図』(歌川国芳/作)(東京国立博物館画像検索) http://webarchives.tnm.jp/imgsearch/show/C0020898  (最終アクセス日:2016年6月27日)