レファレンス事例集五十音順別

2015/06/08か行

江戸ことば、東京ことばについて書かれている本はないか。(2005年)

 辞典としては『江戸語大辞典』(前田勇編,講談社,8135/3/74)『江戸語辞典』(大久保忠国・木下和子編,東京堂出版,8183/7/91)などがあります。『東京弁辞典』(秋永一枝編,東京堂出版)も大変参考になることでしょう。また、用例、出典にエピソードなどがふんだんに盛り込まれ、読み物としても楽しめるものに『...

2015/06/08か行

昭和20年頃のサラリーマンの給料はいくらか。(2004年)

 明治から昭和の物価については【資料1】~【資料8】で調べることができます。また昭和については【資料9】の欄外にも記載があります。 ただしご質問の昭和20年頃は社会的にも不安定であり、インフレによって某大手企業社員月給(旧制中卒・在職22年手取り) の場合、366円18銭が翌月802円84銭(【資料9】より)と急騰...

2015/06/08か行

「こども郵便局」について知りたい。(2004年)

 小学生を主な対象とした貯金には、明治30年代に始まった「切手貯金」がありました。学校貯金、学童貯金という名称でも広まり、郵便貯金を奨励した小学校もあったようです。 戦後の「こども郵便局」については、『郵便貯金のあゆみ』(山口修著,郵便貯金振興会,3387/3/77)によると、昭和23年1月、大阪市の南大江小学...

2015/06/08か行

江戸の五色不動について知りたい。(2004年)

 徳川家が江戸鎮護のために不動尊を五箇所に置いたのがはじめで、庶民の信仰を集めたといいます。五色不動の現在の安置場所は、「目黒不動」が目黒区下目黒3丁目の滝泉(リュウセン)寺、「目白不動」が豊島区高田2丁目の金乗(コンジョウ)院、「目赤不動」が文京区本駒込1丁目の南谷(ナンコク)寺、「目青不動」が世田...

2015/06/08か行

かわら版は瓦に書かれていた?(2004年)

 かわら版は、江戸時代から明治にかけて出版された庶民向けの情報印刷物です。 「かわら版」という呼称は幕末になってからで、読売や摺物と呼ばれることが多かったようです。幕府の出版統制に反して、時事的な情報を即時に人々に提供したもので、製作者が記載されていない場合が多く、大火、外国船の来航、大地震などの...

2015/06/08か行

東京の正しい門松の形を知りたい。(2003年)

 「一般的な」東京の門松という言い方はできますが、「正しい」という判断は難しいでしょう。 江戸に遡って『守貞謾稿』をみると、武家の屋敷や大店の飾りには竹の添え木はないものが多く、上部を斜め切りにした竹を添え木とした松飾りは、医師などに多い飾り方としています(【資料1】~【資料3】)。 現在の東京都...

2015/06/08か行

吉良上野介邸は、三方を長屋で囲まれていたと聞いたが、開いていた一方は、誰かの屋敷に接していたのか?(2002年)

 『堂々日本史10』(KTC中央出版,2100/619/10) 『元禄繚乱展』(NHK,M3624/TO-3/117)図録140pの「吉良邸絵図面写」によると、東西南が長屋で囲まれており、空いていたのは北側ということになります。『図説忠臣蔵』(西山松之助監修,河出書房新社,2105/979 /98)34p「改撰江戸大絵図」(元禄15年版)を見ると吉良邸...

2015/06/08か行

江戸時代の一両の価値は現在のいくら位か。(2002年)

 「バブルの末期から”一両は今の十万円”という比較が親しみを込めて説明されています」が、「一両は何万と想定することは無理」(【資料1】)と言えます。なぜなら、現代と当時とでは社会状況が全く異なるためです。つまり、江戸時代の貨幣価値を現代に置き換えるのは不可能とお答えするほかありません。 おおまかな目...

2015/06/08か行

こどもの日の由来、こいのぼりについて知りたい。(2002年)

 五月五日は「こどもの日」という言い方が今日では一般的なようです。しかし、『三省堂年中行事事典』(三省堂・3861/115/99)に「昭和二十三(一九四八)年以来この日がこどもの日として国民の祝日の一つに定められ」とあるように、古くからこう言われていたわけではありません。  五節句のひとつとしての「端午(たん...

2015/06/08か行

鏡餅・鏡開きの由来について。(2002年)

 1月11日、正月の行事として鏡開きがあります。これについて調べてみると、まず鏡開き・鏡餅というの名の由来ですが、『日本民俗事典』(3803/17/83)には鏡と同じ円盤状の形状からきているとあり、『日本を知る事典』(3821/8/89)には女は鏡台に餅を供えたことからきているとあります。 なぜ11日に行うのかということ...

2015/06/08か行

『忠臣蔵』の舞台となった吉良邸の現在の場所が知りたい。また討ち入り当時の吉良邸の絵図面は残っているのか。(2001年)

 元禄15年(1702)12月15日に起きた赤穂浪士討ち入り事件の舞台となった吉良邸跡は、その一部が、墨田区立松坂町公園となっています。(備考※1) また、吉良邸絵図面は、『赤穂義士史料』中巻(中央義士会編 雄山閣 1999年)、『元禄繚乱展』(元禄繚乱展図録編集委員会編集 NHK,NHKプロモーション 1999年)図録でご...

2015/03/05か行

現代行われている七五三の「碁盤の儀」の由来となる文献を探している。(2014年)

  『江馬務著作集 第七巻 一生の典礼』【資料1】に、七五三で祝いの袴をつける袴着(はかまぎ)の作法で、幼児を碁盤の上に吉方を向いて立たせる、とあります。『イラストでみる日本史博物館 第2巻 服飾・生活編』【資料2】には、「小笠原諸礼大全」を参考にして描かれた、袴着の際に碁盤に立つ幼児の挿絵が掲載されてい...