質問
江戸時代の串団子の形態と値段について。
- 事例作成日:2001年4月1日
- 最終更新日:2025年2月18日
回答
宝暦・明和(1751-1771)のころには、江戸では、一串5文で、団子の数は5つであったといいますが、明和5年に4文銭が鋳造されると、その影響で一串4文、数は4つになったといいます。詳しくは参考資料をご参照ください。
| 参考資料 | 『江戸物価事典』(展望社 1979年)『東京都公文書館だより 第8号』(東京都公文書館編 東京都公文書館 2006年)『三田村鳶魚 江戸生活事典』(青蛙房 1959年)『定本江戸商売図絵』(三谷一馬著 立風書房 1986年)3843/79/86 p.113に4つ刺し団子の絵あり |
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| キーワード | 串団子 値段 物価 |
| 備考 | 江戸東京博物館デジタルアーカイブス「東都名所 高輪二十六夜待遊興之図」(歌川広重画)に団子屋の屋台が描かれている。 https://www.edohakuarchives.jp/detail-4534.html (最終アクセス日:2025/2/18) |
| URL(転記用URL:レファ協DBへ移動) | https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000013735 |