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- Feature Exhibitions
Tenka-Taihei – Pax Tokugawana and the Shoguns’ role in the birth of a new culture
- Dates
- 2020.1.2 (Thu)-2020.2.16 (Sun)
- Venue
- 5F Feature Exhibition Gallery
This exhibition introduces the role played in Edo culture by successive Tokugawa shoguns through paintings and calligraphic works personally created by the shoguns, as well as artworks by shogunate craftsmen, passed down by the heads of the Tokugawa family.
Exhibition Outline
- Dates
- 2020.1.2 (Thu)-2020.2.16 (Sun)
- Venue
- 5F Feature Exhibition Gallery
- Hours
- 9:30-17:30
土曜日は午後7時30分まで
※入館は閉館の30分前まで - Closed
- Mondays (however, exhibition will be open January 13 and January 20)
- Organized by
- 東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都江戸東京博物館、公益財団法人德川記念財団
- admission
-
* Permanent exhibition admission fee applies.
Exhibition List
Exhibition Structure
プロローグ
将軍を思い浮かべるとき、英雄で豪傑な姿を連想する日本人は少なくないでしょう。約260年間にわたって天下泰平の世をもたらした歴代将軍は、自身が文化人であるとともに、文化創造の貢献者としての側面も持ち合わせていました。
初代徳川家康は、自ら書や絵画を描くとともに、活版印刷技術を用いて印刷事業に力を入れるなど、当時の文化面に多大な影響を与えました。二代秀忠以下の将軍も、自ら書画を残しており、嗜みとしての将軍の文化活動がうかがえます。また、将軍が絵師などの芸術家を抱えたことにより、人材が育ち、江戸時代を通して新たな文化がいくつも花開きました。五代綱吉や八代吉宗らの学問への理解も特筆できます。将軍の文化への影響力は多方面に及んでいました。
江戸文化に対する将軍の理解や貢献とはいかなるものだったのでしょうか。
1「雪月花」―家光と江戸美術―
三代将軍徳川家光は、参勤交代制度や外交の体制などを整え、幕政の基礎を確立したことで有名です。そして、初代家康つまり東照大権現を崇拝して東照宮の大改築を実施し、朝廷から例幣使の発遣を制度化するなど、徳川家の権威を高めた将軍です。
一方、家光の頃の幕府は、文化の振興にも力を入れており、絵画や漆工など多岐にわたる分野の芸術家の支援と育成を行いました。例えば、狩野派絵師の活躍はその1つに挙げられるでしょう。このようにして育った文化人は、家光の治世下で花開いた寛永期の文化の担い手となっていきました。その文化的な雰囲気の中、家光自身も書画を嗜み、数多くの作品を残しました。狩野派の絵師たちに自らの前で作品を描かせ、作風や技法を吸収していったのでしょう。
ここでは、徳川家光と家光が抱えた文化人の作品を通して、江戸美術における将軍の影響を見ていきたいと思います。
2「思無邪」―綱吉・吉宗と学問―
歴代将軍は、江戸時代を通して儒学思想や科学の振興をはかってきました。歴代の中でもとくに学問の奨励を重視した将軍として、五代徳川綱吉と八代吉宗が注目されます。
綱吉は「文治政治」の推進や生類憐みの令を発布したことで知られています。その政策の背景には儒学がありました。自ら儒学を学んだ綱吉は、その精神を施政に反映させることに意欲を燃やしました。生類憐みの令は、“聖徳の君主の世には仁慈は鳥獣にまでおよぶ”という理想の実現を目指したものでした。
吉宗は、幕府財政の改革と幕政の強化を目指した享保の改革を実施したことで有名です。改革では、倹約の実行や新田の開発、目安箱の設置などが行われましたが、なかでも実学の奨励は科学を発展させ、それが殖産興業のきっかけとなりました。
江戸中期までに振興された儒学思想と発展した科学は、日本の近代化にとって重要な役割を果たしていくことになりました。
3「集古十種」―家斉と歴史探求―
十一代将軍徳川家斉は、大御所時代も含めて半世紀にもわたる治世を保ち、平穏な時代を継続しました。家斉は、白河城主の松平定信を老中首座に抜擢して寛政の改革を行いました。定信が引退した後は自ら政治を執り行い、そのもとではいわゆる「化政文化」が展開したことでよく知られています。
家斉の治世下では、「東照宮御実紀」をはじめとする江戸幕府の公式史書の編纂が開始され、幕府の歴史が回顧されていきました。一方で、松平定信を中心に古宝物図録集である「集古十種」の編纂も行われるようになり、古器物の製作や考証、鑑賞の各方面に多大な影響を与えました。こうした過去を回顧する事業は、社会的にも影響を与え、国内の歴史や文化財を見直すきっかけとなりました。
エピローグ
十六代当主で公爵の徳川家達は、貴族院議長を務めつつ、書を嗜み、また相撲などの伝統文化を好みました。そして、昭和11年(1936)7月に日本が第12回オリンピック東京大会の招致に成功すると、家達は「第十二回オリンピック東京大会組織委員会」の委員長に就任し、日本のみならずアジア初の「平和の祭典」の開催に向けて尽力しました。結果として、昭和15年(1940)の東京大会は実施されませんでしたが、オリンピックという新たな文化の受容のために、家達は力を注ぎました。
天下泰平の江戸時代を通し、文化人として、また新たな文化の創造に貢献してきた将軍の姿は、近代の徳川宗家当主にも引き継がれていきました。そして、その精神は今日まで続いています。
関連事業
ミュージアムトーク
【日時】1月10日(金)・17日(金)・24日(金)(予定) 16:00から30分程度
※常設展示室5階、日本橋下にお集まりください。
出版物
図録
編集:公益財団法人德川記念財団・公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都江戸東京博物館
発行:公益財団法人德川記念財団








