2010.10.05(Tue)〜2010.11.14(Sun)

Feature Exhibition 5F

徳川御三卿

徳川御三卿

江戸時代の「御三家」といえば「尾張、紀伊、水戸」ですが、「御三卿」って・・・? 「御三卿」とは、田安徳川家、一橋徳川家、清水徳川家を総称した呼び名です。御三家と同様に、将軍の跡継ぎを輩出することを目的に創設されました。八代将軍吉宗の時代、その次男宗武を当主として田安徳川家が、その四男宗尹(むねただ)を当主として一橋徳川家がはじまり、その後九代将軍家重の次男重好を当主として清水徳川家が創設されました。各家は将軍と同じ江戸城内に屋敷を与えられ、将軍家の家族のような扱いを受けていました。あまり知られていない御三卿ですが、実は徳川将軍家と深いつながりがあります。 今回はこの御三卿の各家に残る名品を紹介するとともに、御三卿が果たした役割についてご紹介します。

 

紅葉山八講法会図絵巻 德川記念財団蔵
紅葉山八講法会図絵巻 德川記念財団蔵

 

開催概要

会期 平成22年10月5日(火)~平成22年11月14日(日)
開催場所 江戸東京博物館 常設展示室5階 第2企画展示室
開館時間 午前9時30分~午後5時30分(土曜日は午後7時30分まで)
※入館は閉館の30分前まで
休館日 10月12日(火)、10月18日(月)、10月25日(月)、11月1日(月)、11月8日(月)
※10月11日(月)は開館。
主催 東京都 東京都江戸東京博物館  財団法人 德川記念財団
観覧料金 常設展観覧料でご覧になれます。

観覧料
一般 600円(480円)
大学・専門学校生 480円(380円)
中学生(都外)・高校生・65歳以上 300円(240円)
中学生(都内)・小学生 無料

※(  )内は 20 人以上の団体料金。いずれも消費税込み。
※次の場合は常設展観覧料が無料です。
未就学児童。身体障害者手帳・愛の手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳・
被爆者健康手帳をお持ちの方と、その付き添いの方(2名まで)。
※特別展の会期中は、お得な特別展・常設展共通観覧券もございます。

展示構成

 ■プロローグ

御三卿の祖となる八代将軍吉宗とその長男で九代将軍の家重を紹介します。吉宗の次男宗武(むねたけ)が田安徳川家の、四男宗尹(むねただ)が一橋徳川家の初代当主となります。清水徳川家は、家重の次男重好からはじまりました。ここでは、吉宗と家重の肖像などを展示します。

 

 

 

 

徳川吉宗像 德川記念財団蔵
徳川吉宗像 德川記念財団蔵

吉宗所用 紺絲威鎧 久能山東照宮蔵
吉宗所用 紺絲威鎧 久能山東照宮蔵


 

■第1章 徳川将軍家と御三卿

 

御三卿は、将軍家の家族として位置づけられていたため、御三家や大名とは異なる特徴をもっていました。たとえば、御三卿の居住する屋敷は江戸城内に与えられ、その家臣の多くも幕府からの派遣でした。また御三卿には、大名のように独立した領地を与えられていません。いままであまり注目されてこなかった御三卿ですが、将軍家との関わりも深く、寛政の改革を行ったことで有名な松平定信なども御三卿の出身でした。本章では、御三卿の特色を示す屋敷や家臣に関する資料のほか、将軍とのつながりを示す拝領品などを展示します。

一橋屋敷絵図 茨城県立歴史館蔵
一橋屋敷絵図 茨城県立歴史館蔵
唐銅月形花生 茨城県立歴史館蔵
唐銅月形花生 茨城県立歴史館蔵

 

■第2章 培われた学問の家風 田安徳川家

 田安徳川家の初代当主となった八代将軍吉宗の次男宗武(むねたけ)は、 1731 年(享保 16 )に江戸城田安門内に屋敷を賜わり、 1746 年(延享 3 )に 10 万石の賄領を拝領しました。田安徳川家は、学問の家系といわれるほど、多くの文人を輩出しています。本章では初代宗武の著書をはじめ後の当主の書画などを展示し、田安徳川家に連綿と受け継がれた学問の家風に注目し紹介します。

 

 

 

 

田安宗武四十賀和歌 德川記念財団蔵
田安宗武四十賀和歌 德川記念財団蔵

田安斉匡筆 牟礼高松図 德川記念財団蔵
田安斉匡筆 牟礼高松図 德川記念財団蔵

 

■第3章 幕府政治への参画 一橋徳川家

 一橋徳川家は、八代将軍吉宗の四男宗尹(むねただ)にはじまります。宗尹は江戸城一橋門内に屋敷を賜り、1741年(寛保1)にここに移りました。一橋徳川家は、二代当主治済(はるさだ)の長男が十一代将軍家斉となり、九代当主慶喜が十五代将軍となるなど深く幕政と関わりました。本章では、治済を中心とした一橋徳川家の幕府政治への関わりを紹介するとともに、当家に伝来した名品の数々を展示します。

 

覚了院宗尹肖像(個人蔵) 茨城県立歴史館寄託
覚了院宗尹肖像(個人蔵) 茨城県立歴史館寄託
銀製霰地葵紋入釜 茨城県立歴史館蔵
銀製霰地葵紋入釜 茨城県立歴史館蔵

 

狩野常信筆 舞鶴図 茨城県立歴史館蔵
狩野常信筆 舞鶴図 茨城県立歴史館蔵

 

 

■第4章 将軍家を支えた明屋形(あきやかた) 清水徳川家

清水徳川家は、1758年(宝暦8)に九代将軍家重の次男重好が、江戸城清水門内に屋敷を拝領したことにはじまります。清水徳川家は当主不在の明屋形という状態が続いた点に特徴があります。将軍家の庶子も、全員がすぐに養子となって大名家を相続できるわけではないため、御三卿の家は養子縁組待ちの控えの場所としての役割を果たすようになっていきました。明屋形が最も顕著にみられた清水家は、御三卿の特色を最もよく示す家ともいえます。本章では、明屋形に関する文書や、明屋形が続いた清水家の当主となり将軍名代としてパリ万博へと海を渡った徳川昭武にまつわる資料などを展示します。

田安斉匡画、徳川斉順讃 孔子像  個人蔵 国文学研究資料館寄託
田安斉匡画、徳川斉順讃 孔子像
個人蔵 国文学研究資料館寄託

 

 

 

 

昭武肖像入懐中時計 松戸市戸定歴史館蔵
昭武肖像入懐中時計 松戸市戸定歴史館蔵

■エピローグ

明治元年に田安家と一橋家は正式に藩として認められました。それまで徳川将軍家の身内であった御三卿は、ここに至り独立した藩を形成することができました。しかし、藩主であった期間はわずかで、翌明治二年に行われた版籍奉還の結果、多くの諸藩の藩主が新しい役職である知判事に任ぜられる中、御三卿の当主は知藩事には任ぜられませんでした。しかし「徳川」の姓をもつ家としては存続し、明治以降も徳川宗家を支えていきます。ここでは、幕末維新期の御三卿の動向を示す文書などを展示します。

図録の販売について

当館ミュージアムショップにて企画展「徳川御三卿」展の図録を販売しております。
■図録代(税込)1,000円    ※詳細については刊行物一覧を参照ください。

関連事業

 ■えどはくカルチャー

詳細 ■企画展「徳川御三卿」 終了しました。
①御三卿と徳川将軍家
②知られざる清水徳川家の実像
③一橋徳川家の成立と展開
④田安徳川家と江戸の文人社会